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Mar 03, 2005

hippyと名乗ること。

実は、去年の10月くらいに、一度、cocologを開こうとして
いたことがあった。たまたまあたしが使っているプロバイダーが
niftyだから、というご縁だったのだけれど、諸事情あって、
その時は、申し込みだけして、他のブログを開くことになった。

その、最初にcocologに申し込んだ頃だったと思うのだけれど、
どんな経緯で辿り着いたのかは、覚えていない。ただ、ひとつ、
強烈なブログ記事があった事だけ、忘れることができずにいた。
それが、作家の室井佑月さんのブログにあった
< 占いの暴力と、そのつきあい方 >

この中で室井さんが書かれている、"占い師の方に占ってもらう
ことにおいて、あたしが厭なことは一つ。それは、占いの結果で
「あなたはそういう人間だから駄目なのだ」と説教されること。"
この箇所を読んで、無性に室井さんにお会いして占って差し上げたく
なってしまったのだった。お説教しない占い師もいます、って(笑

その時、cocologを開いていたら、あたしも即座にその記事に
track backしていたのかもしれないけれど、先程も書いたように、
あたしはその時、他のブログを開く流れになって、そちらに用意
されていたコミュニティでのお付き合いに忙しくなってしまい、
室井さんの記事にtrack backしてみよう、などと思いつくことも
なかった。

結局、またしても諸事情により、そちらのブログを続けることが
困難になり、あたしは、新たなブログを開こうと思い立ち、
あちこち転々としながら仮で開いてみたものの、なかなか簡単に
デザインをいじれるサービスがないことが不満で、やっと辿り
着いたのが最初に申し込んであったcocolog。振り出しに戻った
のだった(笑

最初に開いたブログは、とある方に用意して頂いたスペースだった
ので、自分で選んだ訳ではなかったのだけれど、お陰様で、ひとしきり
ブログの事はお勉強させて頂けたので、今となってはいい修行をさせて
頂いた期間だったなぁ、なんて感謝しつつ、コツコツと一から全部
自力で立ち上げたのが、今回のブログ。それだけ思い入れも強い。

この、思い入れの強いcocologに戻ってきたら、室井さんがこちらで
ブログを開いていらっしゃったことに気づいて、驚いた。以前室井さんの
記事に辿り着いた時には、それがブログ記事だったと事を、全く理解して
おらず、むろん、cocolog内のブログだった事も知らずにいたのです。

でも、今回はひとしきり武者修行してきた後だったので、さっそく
室井さんのブログを覗きに行って確認してみたら、やっぱり以前読んだ
記事が、こちらのブログの記事だったことがわかり、それからというもの、
あたしは、いつか室井さんの記事にtrack backするぞ〜!!と、虎視眈々と
そのチャンスが来るのを待ち構えていたのだった。

そしてついに、アンテナに引っ掛かる記事を見っけ♪♪
< 少数派でいる勇気を持て >
でも、この記事だけじゃ、あたしがわざわざ自分のブログに
記事として書く動機が薄すぎる。 んー。と困っていたら、
またしても、まるで用意されていたかのように、思わぬ所で
ちっこいもめ事が勃発(笑

これはいい起爆剤、とばかり、さっそく今日こうして記事を
書くことにしてみた。

前置き、長いなぁ(笑

占い師としての名前って、主にふたつ、決め方があると思う。
ひとつは、お世話になっているお師匠さんなど、他の方に
つけて頂く方法。もうひとつは、自分で勝手に考えて付ける
方法。で、あたしは迷わず自分で考えて決めた。決めるまでは
あーでもない、こーでもない、とあれこれ迷ったのだけれど。

何で自分で決めたのかと言えば、お師匠に決めて頂くには、
そこに万単位の名付け料というものが派生する場合があって、
それが勿体なかった(笑 のと、昔から、ニックネームや
名前を考えるのが好きだった、というふたつの理由から。

悪いより良いに越したことはないから、一応、子供の名前を
考えた時にも参考にした、ネット上の無料姓名判断のページに
再度お世話になったりしつつ、一生懸命頭を捻って考えた
占い師名が、hippy "m" 若夏だったという訳。

-----

ここでやっと、さっき書いた、この記事を書く起爆剤になった
ちっこいもめ事の話に戻るのだけれど、先日、事前にYomiuri
Weeklyに載るかも、と予告しておいた実家に、感想なんかを
聞いてみようと、自分から催促がましい電話を入れてみた時の
ことだった。

丁度、両親と弟が勢揃いで団欒しながら、雑誌を回し読みして
いた最中だったらしく、一応は盛り上がってくれていたようなの
だけれど、なんだか父がぶつくさ言っている様子。頼んでも
いないのに、母が父に受話器を渡してしまい、いきなり、お小言を
もらってしまった(ーー;

父曰く、占い師たる者、hippyという名前を名乗るのはどうなんだ、
ということらしい。

はぁ?すみませんが、一年前に出た雑誌も、ちゃんと読んで
もらっってたよねぇ?? あの時から、名前、変わっていない
のに、何で今更、そんなことを?! と心の中で突っ込みつつ。

hippyなんて名乗る人に、相談したいと思う人がいるかなぁ。
hippyだよ?どういう人達かわかっているよね?あんな
人達に、人生の大切な相談を、しようと思うかなぁ。

と、刺々しくまくし立てる父。なんだか感情的になって
いる様子。口を挟む隙も与えてくれない。説き伏せようと
しているらしい(笑

やっとのことで、話を遮って、やんわりと、いいの、
あたしは、こう名乗っていても、ご相談にいらして下さる
お客様だけで十分だから、と伝える。

そうかなぁ。まあ、それならいいけど、パパだったら
相談しに行こうと思わないなぁ、とだめ押しの一言を
言い放ち、父は再び母に受話器を渡してしまった。

くぅ。またこれだよ。。。

思えば、あたしは、一体自分は何者なんだろう、と
考え始めたteen agerの頃から、ずっと父とこんな事を
争ってきたような気がする。

父は、どうやら平凡な事が一番、と思っているらしい。
それで、あたしのように、平均的な王道を歩かない人間を
毛嫌いするのだ。例えそれが自分の娘だろうが、心底蔑んだ
ような眼差しを向けることがあった。

占い師になった今だから、それこそが、父が克服した方が
いいテーマなのだと理解できるのだけれど、結婚するまで、
あたしは、何故父がそうまであたしの人生にレールを
敷きたがるのか、全く理解できなかった。

定年を迎える直前まで、父はとある商社に勤めていた。
所謂一流企業と呼ばれる類の、企業戦士。つまり、
父は、決して平凡な人間なんかではないのだ。未だに
あたしは政治の事や、歴史の事などで疑問が生じると、父に
ご意見番を求める。実家に遊びに行って、夜通し父とお酒を
酌み交わしながら語り明かす事もしばしば。その度に、
あたしは父の博学ぶりに感嘆する。

けれど、父は自分を、劣等生だと感じていて、劣等生だから
こそ、人の何倍も勉強して努力して、やっと何とかやって
これたのだ、と言う。 あたしから見たら、それはとっくに
凡人の域を超えている、よくよく話を聞いていると、むしろ
奇才の部類に入る人なんじゃないか、って感じるのに、だ。

その、非凡な父が、あたしを、変な格好して普通じゃない。
おまえのそういう格好は、人に恐怖心を与える、などと
説教してくるのだ。当の本人は、当時だれも率先してそんな
格好なんかしていなかった時に、作務衣を着て、草履を
履いて近所を闊歩していたというのに、だ(笑

まあ、父の変人振りは、置いておくとして、それでも父との
葛藤を通して、あたしは世間の目、というものを痛いほど
教えてもらうことはできた。凡人だと思い込んでいる父から、
メインストリームを生きている方々の物の捉え方や考え方、
価値観などを、教えてもらってきたのである。

しかし、所詮、教えてくれている当人が、己の非凡さを自覚
していない、仮の凡人だったのが、父には災いしてか、(結果的には
あたしには幸いにして)あたしはことごとく父に反発して、
自分の信じる道を歩くことを決意することができたのだった。

忘れもしない、中学3年生の時。 あたしは、大人になって会社に
勤めてまで、制服なんか着たくない。それに勉強も苦手だし。
だったら、どうやって大学まで行こう?何の仕事をしよう?
そうだ、好きな美術がある。美大に行って、仕事を探してみよう。

そう決心したのが、あたしが少数派人生ロードを意識的に歩み
出した出発点だった。

それまでのあたしはむしろ、周囲に馴染めない自分が悲しかった。
私立の進学校に帰国子女で戻ってきてしまったから、勉強は
追いつかない、体型もぽっちゃりだし、顔だって、当時流行って
いたような、甘ったるいアイドル顔からはかけ離れていたから、
コンプレックスだらけ。おまけに、10〜12才の感受性豊かな頃に
ヨルダンに2年半も住んでいた、という特異な経験も手伝って、
勉強至上主義で、しかもゴリゴリのカトリックの女子校、という
当時の校風に、全くといって馴染めなかったのである。

勉強できない生徒は、それこそ罪人のような存在だった。いや、
被害妄想かもしれないけど(笑 でも、成績が悪いと、それだけで
例えば生徒会活動や、ボランティア活動なんかをどれだけ頑張っても、
評価してもらえないような所があって、卒業する時に呆然とした記憶も
ある。

つまり、その頃の環境も、好むと好まざるとに関係なく、強制的に
あたしをアウトローで、打たれ強い人間に仕立て上げてきた
ということらしい。少数派として生き残るには、打たれ強さ、
強靱な精神力は必須。そういう意味で、あたしは自然と少数派
人間としての条件を身につけながら生きてきているらしい(笑

ただ、自分で望んで選んだ学校ではなかったから、当時は
居場所がなくて寂しくて困った。そこからスコンと脱したのが、
美大受験に失敗して、すべり止めのつもりで受けた、青短の
芸術学科に通い出した時からだった。浪人していた時に、
たまたまある日読んでいた新聞で、偶然、青短に芸術学科が
できる、という記事を、自分で見つけたご縁だ。

入学後、結局、美大志望じゃない学生が大半だったクラスの
雰囲気が好きになれず(笑、入り浸っていたのは、同じ敷地内に
あった4大のバンドサークル。あたしは生まれて初めて、自分の
居場所を見つけることができた気がした。あたしがあたしの
ままでいても、誰も文句も言わず、奇異な物を見るような目も
せず(そんな風に勘違いしていただけかなぁ(笑))ただ、そのまま
丸ごとのあたしを受け入れてくれたから。

それからのあたしは、ますます強くなった。強くなり
過ぎて、若気の至りの暴走もずいぶんとしたけれど、
お陰で、肩身の狭い世界に、無理矢理自分を押し込めて
生きていた頃の固い殻は、木っ端みじんに跡形もなく
脱ぎ捨てることに成功したのだった。

-----

今、あたしは自分のことを、マニア好み、通好みのする
人間、と自称することにしている。だって、少数派という
ことは、それが通じる相手は、マニアに違いないからだ(笑
でも、マニアのパワーはすごい。マニアなツボに入った
対象には、とことん愛着心を示してくれるから。

そしてもちろん、マニア好みのするあたしだって、マニアな
人間。hippyという名前を語ることで、あたしは、あたしの
ような人間が好きな人種とだけ巡り会えるように、わかり易く
自分を表現しているつもりだ。

占い師然とした名前を名乗って、うっかりご依頼してきた方に
失望感を与えては申し訳ない、というのも、半分本音だけれど、
もう片側の本音は、占い師然とした占い師の所に行きたがる
お客様だったら、申し訳ありませんが、あたくしより他に、
もっとお役に立てる方がいっぱいいらっしゃるかと存じます、
と、体よく門前払いをさせて頂いているのである。

まだまだペーペーな一介の占い師のくせに、ずいぶんと
尊大な事を言ってるように思われるかもしれないけれど、
あたしは、お客様との出会いも一期一会だと思っている。
どうせなら波長の合う方と、アンテナの感度が似ていらっしゃる
方と、気持ちのいい鑑定の場を分かち合いたい、というのが
究極の理想。あたしが気持ちよければ、お客様にだって、
それだけ気持ちの良いエネルギーを分けて差し上げられる、
というのが自然の理だと思うし。

-----

本質的には、誰だって本当は少数派なんだと思う。本当の意味で
平凡な人なんているとは思えない。みんなもっともっと、
自分のこと、わかってあげられれば楽になるのに、って思う。
自分のこともわからずに、周囲に、誰かに、自分を合わせて
生きていたって苦しくなる一方なのに、って。

自分がどれだけ異質なのか、って、そこを見つめた方が、
そこを受け入れて生きていった方が絶対楽だ。シンプル
だし、生きやすい。自分に必要ないものがクリアになるから。
マニアな自分には、必ずマニアな相手が寄ってくる。その
マニア具合がぴったり合えば、それは最強な絆になる。
友達でも、恋人でも。

あたしは室井さんの言うところの、少数派として生きてる
自負がある。でも、あたしは、あたしにとって最高の伴侶と
巡り会うことができた。何一つ妥協しなかった。あたしは
あたしのままで生きたい、あたしのままを受け入れてくれる
人と巡り会いたい、ただそう望んでいただけ。そして、それを
分かり易く、あらゆる手段を使って表現してきただけ。

そうしてあたしは、幸せな結婚生活を送っている。周囲からは
"どうしてわかみたいな人間に、あんないい人がくっついたの?"
と揶揄される。みんなわかっちゃいないのだ。あたしを好きに
なるなんて、そんな男は本人だって、相当マニアックな人間に
違いない、ってこと(^ー^

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あらゆる既成概念や、一般常識や、肩書きや、あるべき道、
なんていう物差しを、取っ払ってあたしは生きてきた。

ただ、この世界には何か見えない力が働いていると感じた
自分の勘を信じて、その力に感謝できるように生きていくこと、
そして人として人間社会で生きていくからには、人として
最低限守らなきゃいけないことがある、その最低限のライン
をできるだけ守るよう努力することだけが、今のあたしの物差し。
これが、そのままあたしの娘と息子たちの教育方針のガイド
ラインだったりもする(笑

free your soul, free your spirit, free your loveが、
きっとhippy達の一番伝えたかったmessageなんだと信じている。
1969生まれでASCみずがめの、hippy世代の最後の落とし子、
自称生まれながらにしてhippyなあたしが、自分の使命として
始めたこのfortune healerという仕事をするにあたって、
hippyの称号を冠したのは、ごくごく自然なことだっと、あたしは
訴えたいのです。父に。←面と向かって言えよ、あたし(笑

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最後に室井さん、室井さんがマニア道を邁進すれば、いつか
きっと、マニアな室井さんにぴったりな、室井マニアな
better halfに巡り会えると信じていてください!!

マニアなbetter halfに巡り会えたあたしですが、本当は
室井さんのように日の当たる表舞台に立つのが大きな夢の
ひとつでもあったりするので、いつか、その目標を達成する
ためにも、今後もますます少数派人生を精進していく所存です(^ー^

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