061206 mixiへの投稿文、転載しました。
夕べはacademia picante。
朝からあれこれ仕度に忙しくしてました。
冷蔵庫の中身をチェックしたら、どう考えても
お留守番メニューはおでんしかなくて(笑)、朝から
また大根をむきむき、下ゆでして(笑)、だしをとって、
昨日は卵を切らせていたので、じゃがいもの面取りを
して、大根と一緒に午前中からコトコト煮て。
なんてことをしながらpicanteの準備と、本当は昨日中に
やってしまいたかった仕事に取りかかっていたのだけれど
結局、昨日から園に復活したちび達のことや、夕方出勤
する、といいながら自宅で仕事をしていた旦那のこともあり、
集中できる時間が作れず、途中で断念。
そんなこんなでバタバタしながら、ようやく出かけられる
手筈も整い、いつもは、あたしが出かける日には、少し早めに
帰宅してくれる旦那なのですが、つまり昨日は、夕飯時には
両親揃って留守だったので、子ども達に、ちゃんと自分たちで
仕度して夕飯食べてね、と言い聞かせて家を出ました。
ところで、以前からここに通って下さっている方には
ご周知のことですが、当方、ただいま、第二次嫁姑
コールドウォーの真っ最中(苦笑)
もう、子どものことは一切やって欲しくない。家事も、
こちらがお願いしないことは、ご遠慮下さい、という、
家庭内断絶状態。
それでも、ちょろちょろと、こちらが見ていない隙を
狙って手出しをしてくるお姑さんに、最近では、本当に、
逆毛が立っているんじゃないか、というくらいの怒りや、
憎しみすら覚えつつあって、うわぁ、あたし、どう
なっちゃっているんだろう。。。この先、どうすれば
いいのだろう?と、解決の糸口の見えないこの戦争に、
我ながら、ほとほとと困り果てた状態になっていました。
紛いなりにも、スピ系と言われる世界に足を突っ込んでいて、
人様にその世界のお話をさせて頂いている立場にいるわたし
自身がそんなことでどうするよ?!人様の前では綺麗事
並べているのに、どうなのよ、あたし?! と突っ込み
どころは我ながら満載なんだけど、どうにもこうにも自分が
コントロールできず、お姑さんへの態度を硬化させていく
ばかり。なんかこう、自分のオーラがハリネズミとかヤマ
アラシ、はたまたアルマジロ?!状態になっちゃっている
かのよう。
元々インナーワーク系はばりばりキャリア長くて、小学生頃
から、内省に入っちゃう子どもだったから、自省して、あれこれ
流れを変えてみようとするけど、鼻につくのはお姑さんの行動
ばかりで、ちっとも変わってくれないお姑さんに、ムキー!!
って。相手をコントロールできないのは百も承知なハズなのに、
あたしは何を期待しているんだろう。。。?と落ち込む
日々でした。
それが、今朝、子ども達が起きてきてから、あれこれ夕べの
話を聞いてみると、やっぱりあたしの留守中に、お姑さんが、
子ども達と一緒に食卓についたことが判明して。
お姑さんにしてみれば、可愛い孫たちが、子ども達だけで
食事をするのが、見ていられないくらい可哀相だ、という
発想らしいのです。あたしにしてみれば、親の手を借りずに
そうやって自立していってくれるのが、親としての喜びでも
あるというのに、子どもが可哀相だと言われれば、まるで
あたしが悪い事をしているみたいじゃない!!
夕飯だって子ども達の好き嫌いや、子ども達が自分たちで
仕度できるメニューを、とまで、あれこれ考えて準備して
いるのに、時には、お姑さんが自分の作ったお味噌汁やら
何やらを子ども達に与えてしまっているらしいし。
何もしないで大丈夫です、お願いだから子ども達が何かに
困って自分たちから頼みに行くまでは何もしないで下さい、
って言ってあるのに。
あたしが留守なのをいいことにーーーーーーーっ!
と家を明けて帰ってくる度に、何度腸が煮えくり返る
気持ちになったことか。。
お皿も、帰宅したら自分で洗いますから、と伝えてあるのに、
今朝台所に降りたら、また綺麗に洗ってあって、もうマジ切れ。
あったま来たーーーーーーー!!
と思った瞬間にあたしが取った行動はと言えば、
洗ってあったその器に、ケチャップとソースを
ドバーっとぶちまけることでした(爆)
それをそのまま、台所に放置しようとまで考えたのですが、
さすがにそんなことしたらシコリを残すし、第一、あたしが
そんなことをする人間だと思われるのも癪だし。
何をしちゃったのか、痕跡が残らないよう、とりあえず
水を張って、子ども達の出かける時間になったので、
そのまま洗うこともできず、家を出てきたのでした。
*****************
ケッチャップやソースをお皿にぶちまける。。。
これほどまでに強い怒りと憎しみの衝動に駆られたのは、
もうここ何年なかったこと。あたしは、自分の中に溜まって
いるものの凄まじさを見たような思いになりました。
この所、台所に立っていても、お姑さんの気配を背中で
サーチしている自分がいたり、家の中でお姑さんを見かけると
激しいガンの飛ばし合いになったりと、家庭内に一発触発の
不穏な空気が漂っていて、あたしも体が強ばっているのを
感じていたのです。そればかりか、訳もなく不安になったり、
恐怖心を感じたり。あぁ、ネガがネガを創り出してしまって
いるとはこういうことだよなぁ、と感じてはいました。
そして、今朝の自分の行動に、はっとしたのです。
おわっ、押し込めていたものが炸裂したよ!!と。
それからはしばらく、どうすればお姑さんの行動に歯止めを
効かせることができるだろうか、これ以上自分の怒りや憎しみ
を増加させたくない、増加させるようなことをしないで欲しい、
と、そんなことばかりを考えていました。
でも、相手をコントロールすることはできないのです。
じゃあ、あたしはどう変わればいいのだろう?
子どものことは、申し訳ないけれど、譲歩できない。
子育てだけは、お姑さんに譲ってあげられない。
だったらどうすれば。。。?
旦那や旦那のお姉さんに相談しても、好きにやらせておいて、
さらっと流しちゃえばいいんだよ、という答えしか戻って
こなくて、むしろ何で、そんなにムキになっているの。。?
というような反応で。多分、お姑さんのやり方を、小さい
時から知っているから、話してもラチが明かないし、何を
しても仕方が無い、という事で収めてきていたんだと思う。
四面楚歌。
けど、あたしにとっては、全くあかの他人で、でもひとつ
屋根の下に暮らす夫のおかあさん、昼夜問わず家にいる
あたしにしてみれば、放っておきたくても目についてしまう
存在だし、こういうタイプの人が身近にいる、なんていう
経験、今までになかったから、パニック寸前、というか
既にパニック状態で(笑) 一生懸命、攻防戦を張ってきて
いた訳です。
そして、ひとつ見えてきたのは、やっぱり子どもたちは
あたしが自分で育てる、という覚悟が、同居してからの
あたしには欠如していたんだな、ということ。
子ども達のためにも、小さい頃から色んな価値観を持った人と
一緒に生活するのがいいだろう、と判断して、それも同居を
始めるきっかけとなった要因だった。それに、お姑さんは
とても子煩悩なタイプな方なので、脳内に子煩悩エッセンス
が3mlくらいしか入っていないと思われる、子煩悩エッセンス
未熟人間のあたしには、お姑さんのような母親としての愛情に
満ちあふれたタイプの人は、神々しくすら見えて、あたしには
ないものも、お姑さんが与えてくれるかもしれない、という
期待もあった。
その、自分にないものを人に依存してゆだねてしまった態度を
悔い改め、自分の子どもは自分で育てるから、その代わり、
育てる権利も放棄しない、という覚悟をまず決めました。
子煩悩タイプの母にはなれないかもしれない、でも、あたしを
選んで生まれてきた子たちだから、あたしがあたしのやり方で
きっちり育てる。当たり前のことだけれど、やっとそこに辿り
着き。
それができなかった、と同時にやらずに来た今までの環境を
まず変える。好きな時に出かけられなくても、買い物に
出かけるのにも不便をしても、それでも、子どもたちの事は
全部あたしと旦那でやる。それが最初のハードルだった。
徐々にその生活にも慣れてきた今。
そろそろ次のハードルを超える時期なのかもしれない。
あたしは、日々を怒りと憎しみを抱えたこの状態で生きて
いたくない。緊張しながら台所に立ったり、お姑さんの気配に
毛を逆立てたりしながらこの先の人生を暮らしていたくない。
だったら?
なんとか、平和な状態に持ち越さなくてはならない。
譲歩?
うーむ。
無条件はいやだ(笑) きっとあたしが一言、ごめんなさい、
と譲歩して謝ってしまえば、この場は丸く収められる。
でも、それも悔しい(爆)
どうしようもなく意固地になっているあたしがいた。
とってもカルマちっくな匂いがプンプン。
あたしにとっては、8hおとめテイル/2hうおヘッド。
見えてくるテーマは差別化と許容、固執、境界線と解放。
ふぅ。やっぱり手放せ、ってか。
目に見えない場所で起きていることはノータッチで
いくか。こう考えて、ちょっと楽になってくる。
それに、つい先日最後にお姑さんと派手にぶつかった
時に、子どもたちの目の前で言われた言葉。
「私のことなんか、さっさと死んじゃえばいいと
思っているんでしょ?」「占い師なんて最低な仕事だよ!」
ここにもヒントがあると最近気づいてくる。
週に何度かパートに出かける以外は、結婚してからの
ほとんどの人生を誰かのお世話をすることで生きてきた
お姑さん。
つまり、孫の世話を奪い取るということは、彼女にとっては
自分の存在意義を否定されることになってしまうという恐怖。
それが、「死ねばいいと思っているんでしょ?」という、
あたしにとっては心外で、誹謗中傷とも取れるような暴言に
なったのだろう、と思いが至る。そう思うと、この先、20年、
30年と続くかもしれないお姑さんの余生が逆に心配にもなり
つつあって。
でも、お姑さんの子ども達は、もう誰もお姑さんの人生に
立ち入ろうとしない、好きなようにやらせておけばいい、
の一点張りで。ましてや、お嫁さんなんかが余計な口出しを
した所で、何か進展があるとも思えないけれど。
少し前から、プレゼントしてみようかな、と思っている
ものがあって、何とか年末には収入もありそうだし、
本当は旦那のお姉さんに相談して、お姉さん名義で
そのプレゼントを渡してもらおうと思っていたけど、
今日、あたしからプレゼントしよう、って心に決めた。
あたしだって、お姑さんに幸せになってもらいたい
気持ちはあるのだ。20年、30年も生き甲斐を持たずに
生きていくなんて、あたしには考えられない。特に
自分の生き甲斐、ということに執心のあるあたしだから
こそ、かもしれない。
人の幸せは、もちろん他人に計れるものではないけれど、
年々、険しい表情になっていくお姑さんを見ていると、
居間でテレビを見ながらカラカラと笑い声を立てていても、
ご近所さんと談笑していても、失礼で不遜かもしれない
けれど、どうしても、彼女の人生を幸せいっぱいに生きて
いるように思えないのだ。
あたしがこのプレゼント作戦をしたからといって、
お姑さんの人生が幸せになるかなんて分からない。ただ、
今考えられる、あたしにできるベストな手段として、
最後に、お姑さんに、あたしの真摯な気持ち、どれだけ
彼女の人生を心配しているのか、つまり、自分の人生を
自分のためにも幸せに生きて欲しい、幸せになって
欲しいと心から祈っているのだ、ということ、を、
書き添えて贈ろうと思う。
お姑さんは、自身の長年の経験からか、本当の気持ちを
言葉にしない、言葉の力を信じていない人だから、
哀しいけれど、あたしが話していることも、本気で
受け取ってもらえてこなかった様子。どうせ適当な
ことを言っているんだろう、と思われているのが、
後で節々で伝わってきて、今まで何度も落ち込んだ。
でも、それでもいい。あたしの言葉を信じてくれなく
ても、あたしの真意が伝わらなくても。それでもあたしに
できることがまだあるなら、とりあえず、それに
賭けてみたいと思った。
もう、子ども達が見ている目の前で、ケチャプや
ソースをお皿にブチまけるなんていう、挙動不審な
ことをしたくないのだ(笑)
日増しに強くなっていくお姑さんへの不信、怒り、
憎しみを、あたし自身でコントロールができる可能性が
まだ残されているなら、それを模索してみようと思う。
母子カプセルの中で生きていたあたしが、凄まじい
反抗期と、その後の母の更年期障害の精神的不安を
経て、最終的には結婚して離れて暮らすようになり、
あたしも人の親となった今、ようやく気持ちのよい
距離感で母と付き合えるようになってきたというのに、
また誰かを憎みながら日々を暮らすなんて、もう
懲り懲りなのよ、本当は。
というかそもそも、このあたしが、嫁姑戦争に
巻き込まれるなんて、人生の予定に組み込んで
いなかったからー!!
ってか、やっぱりこれも、詰めの甘さなのかしらん〜(><)
また何かあったらこちらにもご報告させて頂きます。
はぁ。 満月パワーに乗っちゃったかな(笑)
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