
セッションに来て下さったみなさんが、柔らかな微笑みや、
元気いっぱいの笑顔を浮かべてセッションツームを後に
される時、毎度毎度のことですが、本当にほっとします。
ご自分の直感を信じて、わたしを信じて来て下さった
みなさんの、少しでも何かのお力になれたなら、
わたしこそ、感謝の気持ちでいっぱいです。
今回も、お役に立たせて下さってありがとう(^^*
沢山の喜びと気づきをありがとう(^^*
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それにしても長い一週間だったなぁ〜。
先週は、土曜日にセッション。
そして今週の火曜日にセッション。
いつもは週末に月に1〜2回、セッションの日程を設けて
いるのだけれど、中二日空けての、連続セッション。
ここの所、2日連続のセッションも開いていなかったので、
ちょっと忙しく感じた。
いや、正確にはセッションそのものよりも、2日とも、セッション
後に、友人との再会の時間を、夜通しenjoyしてしまったため
なんだけれども。そりゃぁ、一日一日が長くも感じるというものだ(笑
まぁ、家では子供たちも春休みだし、ママンものんびり羽を
広げさせてもらっちゃおー、って、ちょっとなし崩し的ですが(^^;
セッションは、今回も天界からの美しいエネルギーの恩恵を
授かり、まさしく天界の星回り通りの、過去と未来を繋ぐ
現在、つまり、今、この瞬間を生きることを始めよう、という
テーマに終始した。
セッションにお見え頂いたクライアントの皆さん、それぞれに
春分の日のチャートリーディングには目を通していて下さった
ようだけれど、きっとお見えになるまで、あのテーマが皆さん
それぞれのテーマにシンクロしていることまでには、あまり
気づかれていなかったのではないかな?
でも、星は、みんなに平等に働きかけてくれているということ。
魂が何を目指して降りてきたのか、や、持っているテーマで、
それぞれみんな、その時その時のエネルギーの受け方は
違うかもしれないけれど、星が贈ってくれているエネルギーは
変わらない。違うのは受け取り方、感じ方、受け取るタイミング。
つまり、何を感じ、何を受け取り、何を学ぶのか。そして、
いつ、それを感じ、いつそれを受け取り、いつ学ぶのかは、
全て、受け取り手である、わたし達一人ひとりに任されて
いるということ。
それこそが、人の個性、人間の自由意志(^^*
今回もエネルギーワークをさせて頂いたけれど、あたしが
エネルギーワークの際、余分なエネルギーをチャージしない
のも、そこに理由がある。ただ、その方をオーバーソウルの
光に繋ぎ、重たくなってしまったその方の荷物を、一度光りに
返して、ニュートラルな状態で降りてきたエネルギーを、
もう一度その方にお戻しする、ということをしている。
あとは、その方、その方がもう一度、ご自分の足で立って
歩み出す瞬間を信じて、そっと背中を押してさし上げるだけ。
いつ、どんな風に立ち上がり、どんな道を歩いて行くのかは、
お一人、お一人がご自分の信じるままに決めていかれれば
それで、全ては大丈夫。そうあたしは信じている。
come to me, i will refresh ya!
あたしが中学が高校の頃からずーっと持っている
御影(聖書のシーンを挿絵にしたメッセージカード)に
書かれている、聖書の言葉。
何故か知らないけど、あたしはこの御影がずーっと
忘れられず、捨て去ることもできず、聖書に挟んだり、
手帳に挟んだりして持ち続けてきた。
最近になって、ようやく、自分のやりたいこと、やろうと
していることが、この言葉と一致していることに気づき
つつある。あたしが、カトリックの世界と決別して、
神の世界に背いて、再び、教会というシステムを
介さない方法で、目に見えない大きな力と繋がることを
決意してから、やっとこの言葉を、自然に受け入れる
ことができるようになってきた。
come to me, i will refresh ya!
神でもない、キリストでもないあたしが、一人の人間として
できることなんだと、やってもいいことなんだと気づいた。
今でもとても怖い。おこがましいと感じることもある。
聖書の言葉を、キリストの言葉を、あたしが実行しようと
するなんて、不遜なんじゃないか、失敬なんじゃないか、
そんな風に考えると、自分が聖書に出てくる罪人の
ように感じてしまうことがある。
けれど、あたしはもう知っている。神は人を罰したりしない。
キリストは人を縛り付けようなんてしない。そして、
人は誰でも自分を癒すという才能を、自分で選んで
潜在的に持って生まれてきている。だからこそ、人は
人を癒していけばいい。その人が、自分の力で再び
自分の道を歩くために、癒しが必要な時があるのだから。
癒しブームが起きた時、最初に起きた反応は、簡単に
癒す、癒す、って言うなよ(ーー;という気持ちだった。
癒す、って、そんなに簡単なものじゃないでしょ!って。
あたしにとって、癒しは、神やキリストなどの、人より
高い場所にいる存在から、祝福として与えられるもの
だった。癒しブームなんていう言葉で一括りにされるような、
そんな甘っちょろいものではないと思っていたのだ。
カトリックの世界から飛び出して、もう何十年も経っても、
あたしはそうやって、自分の中の亡霊と再会している。
それでも、あたしが、チャートに記された、自分の魂の
目指して降りて来た目的を知った時、そこに、ヒーリングや
解放、というキーワードが浮かんできた。怖々と、でも、
意志を持って、あたしは自分の肩書きに、healerという
単語を付け加えた。
fortune healer。 運命を癒す者。
大それた名前を付けたもんだ、と自分でも当初感じては
いたけれど、この肩書きを付けてから、確かにあたしの
やりたいこと、あたしのやろうとしている事が、はっきりと
輪郭を持ち始めている。
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週末のクラスの課題があるので、久々に海岸で
フォトセッション。子供たちは、わらわらと好き勝手に
遊ばせておきながら、あたしはひたすらがっつりと
ワーク中のクリスタルと向き合う。
この石が、先日ブログに書いた、climb every mountainの
歌に出てくる歌詞とシンクロしていることに気づいて驚く。
火曜日のセッション後、ひょっとしたら夏以降、関わることに
なるかもしれない新しいプロジェクトを持ち込んでくれた
旧友と呑みながら語り明かした。朝、呑み明かしたお店の
ある、小高い丘を車で下りて駅まで送ってもらいながら、
ラジオからいきなり流れてきたのも、この曲だった。
日曜でもないのに、いきなりこんな曲が、偶然流れて
くるなんて、何事が起きているのだ?!と内心驚きながらも、
思いっきり口ずさんだ。←運転してくれていた友人こそ、
何事だ?! と引いたに違いない(笑
面白いな。過去があって、未来があって、そして、
あたしは今ここにいる。だからこそ、今という瞬間を大切に。
このクリスタルは、ずーっと、そんなメッセージを贈ってくれて
きたのかもしれない。永遠に流れる水を凍らせて、固めたら、
こんな形になるのかもしれない。永遠に続く、その瞬間。
その煌めき。
古代ギリシャの人々が、"氷が永久に固形体となった"ものと
信じたクリスタル。krystallos。
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